Kimamariko

毎日を体調良く過ごすためにアンチエイジングを習慣化🎶

考えてもどうしようもない、ああしていれば…こうしていたら…という「タラレバ」の話し

あの時こうしていたら…という後悔。
考えるべき「タラ」は?

こんにちはmariadaです。

先日、友人が亡くなりました。

正確には旦那さんの古くからの友人で私は結婚後、家族ぐるみで仲良くさせていただいていた方でした。

58歳という若さでの突然すぎる死です。

ただただ驚き、深い悲しみがあるだけです。

人生って何なんだろう?

亡くなる前日まで元気だった友人。

旦那さんとも「本人が一番驚いているだろうし、理解もしていないよね…」といことばかりを話しています。

私は「なんでこんなに早く?」という疑問の次に「人生って何なんだろう?」と考え続けています。

高い目標を持って日々精進していくことはとても素晴らしいことですが、こんな風に人生をもぎ取られてしまってはその努力が何だったのか、わかりません。

友人の死でメンタルが豆腐のように弱くなっているのか、頑張って生きていても仕方ないような気がしてきました。

いい人生だった!は必要?

体調が良ければ、人生を楽に生きていけるはず!との信念でアンチエイジングに取り組んでいますが、別に長生きをしたいとは思っていません。

ただ、生きていかなければいけないのであれば、不調を抱えることなく楽に自由に生きていきたいと思ってアンチエイジングに取り組んでいます。

そして、「いい人生だった」と思えるような人生を歩みたいと…

でも、友人は「いい人生だった」と思える暇もなくその人生を強制終了させられてしまいました。

それを思うと余計に、頑張って「いい人生だった」と思えるような生き方をしなくてもいのではないかと思ってしまいます。

そんなに「タラレバ」はないけれど・・・

普段あまり「あの時こうしていれば…」とか「もしこうしていたら…」というようなことは考えません。

小心者なわりにけっこう行動力がある方なので、やらなかった後悔というものがないのかもしれません。

人はやった後悔よりもやらなかった後悔を強く感じるようなので、その点私にはやらなかった後悔がないようです。

アンチエイジングについても、旦那さんはよく「そんなこと、もっと早くからやっていればよかったのにね!」と私のアンチエイジング行動にケチをつけてくることがありますが、私は全然そんな風に思ったことがなく、いつも「今気付いて始められてよかった!」と思っています。

そんな私も友人の死を受けて、突然自分が明日この世からいなくなるとしたらあれを後悔するだろう、と思ったことがありました。

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あの人に会いたい?

コロナで趣味のエアロビクスやフラメンコが出来なくなったことで会えなくなった友人がいます。

もちろん、今回亡くなってしまった友人と旦那さんは毎年この時期、野球の試合観戦でいつも一緒にいたはずでした。

予定があえば試合後、私も飲んでいる席に合流したり。

病院勤務ということもあり、職場と同居の家族以外の人とは今でも距離を取っているので、仲良くしていた人とは誰とも会っていないような感じです。

それも十分に寂しいことですが、何年も前からずっと会いたいと思っている人がいて、今回考えたのは、もし自分の人生が明日終わるとしたらその人に会わなかったことをきっと後悔するだろう・・・ということです。

2年間忘れることなく毎日会いたいと願い続け、それからさらに3年が経過しているのに未だに会いたいと思う人です。

だからといって小心者の私はその人に会う、という行動力だけは持ち合わせていません。

人生最後の日を思う?

スティーブ・ジョブズの名言

 

もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか? 

 

 

スティーブ・ジョブズは毎朝自分にこう問いかけて人生を送ったようですが、私は

「私の人生が今日終わるとしたら」という「タラ」は今のところ保留にしておこうと思います。

友人の早すぎる死を受けて「何があるのか分からないのが人生だ」ということを痛いほど思い知りましたが、それでもなお、「今日が最後だったら」ということは考えたくないと思っています。

会いたい人に会いに行く勇気がない自分も、会いたい人に会えなかった人生もまた、それは全て自分の人生だろうと思っています。

第一、今日が最後!なんて思っていたら、このブログテーマの「アンチエイジング」は全く不要になってしまうし…

考えるべきはアンチエイジングをしなかったら、この先の自分の体がどうなるか?という「タラ」なのかな(*'▽')